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定年間際に引越した土地で小さな冒険とささやかな幸せ探しをする日々

ようやく雨も上がり風も止んでいます。
春の嵐は気性が荒いですね。
それに引き換え、嵐が収まるどころかますます激化していくシリア情勢。
現実の出来事として受け止めることができない。

2010年、チュニジアを発端としてアラブ諸国に波及した“アラブの春”
長期独裁政権にうんざりしていた国民が起こした民主化運動。

私がシリアを旅行したときの大統領は現アサド大統領のお父さん。
そのときすでに20年以上政権を握っていた。

近隣のヨルダン、レバノンに比べても貧困空気が漂ってはいたが、パルミラ、ボスラ、アレッポなど考古学好きにはたまらない古代遺跡がたくさんあり、観光産業は潤っていたようだ。
なによりも首都ダマスカスは人間が定着した世界最古の都市だとされている。
そのダマスカスの近くが地獄絵状態になっている。

日本人観光客を相手にするときだけ、自称Hidekiひできと名乗っていた現地ガイド。
そこそこ悪い人だった。

シリア名産のオリーブ石鹸を買おうとすると、自分の友人の店に連れて行き、スークの(市場)5~6倍の値段をふっかけてくる。
もちろんポケット・マージンを取るためだ。
街の露店で売っていたCDを買おうとすると、自分が同じものを持っているから私から買えという。
これも露店の何倍もの価格を言ってくる。

腹が立って抗議をしたら、こんなことでもしないと私はこの国で食べていけないと開き直った。

あの頃は円高ドル安で、後になって思えば日本円で100円、200円でむきになり、ずいぶん無駄な体力を使ったものだと笑える。
今となってはそのことがピンポイントで鮮明な記憶として残り、思い出となっている。
なにはともあれ旅行できるほどまだ平和だったのだ。

あの頃日本の首相は橋本さんだったので、日本人を見ると子供でもハシモトーと呼んで近寄ってくる。
もちろんチップねだりのためであり、ハシモトは大人が教え込んでいると思われる。
政権がコロコロ変わった時期はさぞかしたいへんだったことだろう。
トルコのイスタンブールあたりで、日本人のおじさんに“シャチョウ、シャチョウ”と近寄ってくる子供たちよりは素朴だ。

それにしても建造物を破壊せず、人間だけを滅ぼすために化学兵器を使うとはもはや狂人。
建造物を壊すと後の再建になにかと不都合だからということらしい。
町じゅう至る所に貼られていたアサド親子のポスターが夢に出てきそうだ。

2018.04.15 / Top↑
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