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定年直前に引っ越し。一人でも楽しく暮らす工夫をし、初めての土地で、初めての年金生活始めます。

一回り年下の友人とカラオケへ行った。
正直、連れていってもらったというのが正しい。

個人で初めて行くカラオケは歌って楽しむというより、すべてが勉強のためといっても過言でない。
入店から始まり、注文?の仕方、金額の目安、機械の操作等々。

ふだん何気なく鼻歌で口ずさんでいた曲が演奏に合わせるとむずかしい。
聞きなれていた歌の歌詞を間違えて覚えていた。
好きな曲が自分の声に合うとも限らないなど新発見がいっぱいあった。

現役時代は何度も行っているがあくまでも社交上のおつき合い。
決して自分で歌うことはなく、もっぱら人が歌うのを楽しんでいた。
同僚たちと一緒の場合、仕事だけではわからない面を垣間見ることで役立つこともあった。

ふた昔も前の上司だと歌う曲はたいがい演歌だったが、今の上司はまったく違う。
仕事では声の小さい人が大声で歌ったり、暗いと評判の人が明るく元気な歌を生き生きと歌うこともある。
親子ほど歳の離れた後輩が自分の世代の曲を歌うと、たいていは親の影響だったりする。

どんな歌を選曲するかは、どんな本を読んできたかに通じるようなところがある。
自分の生き様を露出するようで小っ恥ずかしい気にもなる。
そういったことを気にするから人前で歌えないのかもしれない。

つき合ってくれた友人は80年代から90年代初期の曲がお得意。
私はといえば、やはり70年代になるのだが、共通しているのは今の時代の曲についていけてないこと。
そんなこんなで気がついたら4時間以上も経過していた。
さて、次のステップは一人昼カラオケかな。

2018.04.30 / Top↑
GWの初日は元職場の先輩、後輩たち5人で月に1度のランチ会をした。
今回の場所はグランドプリンスホテル新高輪という、全員初めてのホテル。
90分コースでお一人様5,500円。

待ち合わせの品川駅高輪口は土曜日ということもあり、まるで世界中の老若男女が集合したかのような大混雑。
目的のホテルまでは緩やかな坂道を5~6分ほど歩くのだが、なにせもの凄い人、人、人。
羽田空港を利用する人たちの大荷物もあり、なかなか思ったように歩けない。
おまけにこの辺りには似たような名前のホテルが点在している。

私の服装は明るい黄色のブラウスに、麻素材の白いガウチョパンツ。
真夏のような陽射しと気温によく合い、我ながらいいチョイスをしたと自画自賛。
その証として、全員無事に集合した途端に「うわぁぁぁ-、さ・わ・や・かァー」と歓声があがった。

(のも一瞬)

後ろにいる後輩たちの会話が聞こえてきた。
「人に流されないでね、はぐれたら〇〇ちゃんの黄色が目印だからね、とにかく黄色を探すんだよ」
「大丈夫、大丈夫、あの黄色を見逃すなんてありえない」

都会見物にきたおのぼりさんという意味の赤ゲットという言葉がある。
ゲットはブランケットのことで、明治・大正期、地方から都会へ旅行する人が赤い毛布を外套がわりにし、迷子になったときの目印にしたことから生まれた。
慣れない洋行者という意味でも使われたそうだ。

ピッタリ90分の食事のあとは浜離宮庭園を散歩し、そこから船で浅草まで行くことにした。
そしてここでもまた黄色が役に立つことになった。
船は大型バスでやってきた外国人観光客で溢れかえり、まるで異国にいるような錯覚。
まさにこちら側が不慣れな洋行客といった具合。

この春の買物で一番のお気に入りのブラウスが赤ゲットにされてしまった。
まぁ、こんなことでも人の役に立つのならそれはそれで嬉しい事だ。

食事の旨さはさる事ながら、ざっくばらんで気の置けない仲間たちとのやり取りは、年齢の差を超えて楽しい。
ある女優さんの言葉を借りれば、“40過ぎたら皆同級生よ”といった表現が見事に当てはまる。

2018.04.29 / Top↑
日本人の名前のルーツを探るというNHKの番組を興味深く観ている。
昨夜は日本人女性の名前だと思われている“ナオミ”というのが海外でも普通にあるのはなぜかというもの。
私は咄嗟に旧約聖書が浮かんだ。

ナオミ・キャンベル始め、特にイスラエルではよくある名前だとのこと。
案の定、聖書からきている名前で海外の方が先、日本では谷崎潤一郎が痴人の愛という小説にナオミを登場させたのをきっかけに広がったとされていると。

最近、春夏用のブラウスを三枚ほど買った。
そのうちの一枚はGAPで買ったのだが、お店で働いていた若い女性が何かと話しかけてくる。
まだ大学生なのだがアルバイトで働いているという。
おまけにご自分の名前まで自己紹介してくれる。
ノルマがあって私を顧客にしたいのだろうか?

販売員さん 「私は〇〇ルツと申します、アルバイトですが週末は必ず勤務していますのでよろしくお願いします」
私 「ルツさん、素敵なお名前ね、ひょっとしてクリスチャン?」
販売員さん 「はい、両親がそうなので・・初めてです、名前を聞いてすぐ聖書を連想してもらえるなんて・・」

ルツは旧約聖書ルツ記に登場し、ナオミはルツのお姑に当たる人。
その後、彼女はお父様の仕事の関係でシンガポールで生まれたことなどを話してきた。
まさかブラウス一枚買って初めて対面した人とこんな会話をするとは。

人との会話のとっかかりとして、本、映画、音楽のいずれかの知識は世界共通の三大武器と廻りの人に話してきた。
さらにこの頃は万年筆やボールペンなどの筆記具も加わった。
たまたま使っていたペンに関心を寄せてくる人と出会い、12時間の飛行時間を退屈しなくて済んだ経験もある。
もっとも、初対面の人との会話が苦手とか、関心がない人にとっては迷惑なことだろう。
長年営業職に就いていた者としては大いに役立ち、身を救ってくれたに武器だった。

2018.04.27 / Top↑
つるつる、すべすべ、もちもち、つやつや、ふわふわ・・・。
まだまだありそうですが、女性の肌の状態を表す言葉の数々。

テレビかなにかの情報だが、フランスの化粧品メーカーは日本人スタッフを採用するところが多いそうだ。
日本語には肌を表す言葉が豊富だからという理由。
それ故に、日本人スタッフを採用しているメーカーは売り上げも好調なのだそうだ。

日本人としては言葉は豊富であっても、使いこなしているとは限らないし、すべて知っているとも限らない。
よく言うところのボキャ貧とコミュ障。

たまたま近くに住んでいる元職場の同僚から留守電が入っていた。
前置きも何もなく唐突に「ほうれん草を分けたいので連絡ください」と極めて事務的な一言。
日頃つき合いがあるのならまだしも、まったく連絡を取っていない人。

せめて「久し振り」「新鮮なほうれん草」「頂き物だけど」「食べきれないから」等々、クッション言葉があれば出かける気にもなるのだが。
せっかくのご好意だが遠慮することにした。

一言多くて失敗する人もいるが、おおかたのトラブルは一言足りないことの方が多い。
また、伝え方に問題があり、言った、聞いてないなどの押し問答に発展することもある。
ある見識者によると、人間がAIに勝つには読解力を磨くことしかないという。

病院で症状を伝える、買い物で探しているものの場所を聞く、ケータイ会社で問題を伝えるなどと、高齢者になるほど人を頼る機会が多くなる。
相手の対応に不満を抱く前に、せめて自分の伝え方能力を身につけたいものだ。

2018.04.26 / Top↑
きょうは雨とわかっていたのでペン習字の練習日と決めていた。
手書きをする機会が減少したとはいえ、できれば綺麗な文字を書きたいものだ。
同じように考えている人は案外多いとみえ、書店に行くといわゆる“美文字”系の書籍が溢れている。

ペン習字は美文字を書くためだけではなく、集中力の訓練にもなる。
私の知人で今年90歳になる女性は定年退職後に書道を始めて、いまだに続けていらっしゃる。
目的の一つには集中と緊張する時間の確保が入っているという。

横浜近代文学館や鎌倉文学館などで著名な作家の手書き原稿を拝見したことがある。
三島由紀夫氏の文字は実に美しいが、彼は人が読むものは読みやすく、読まれたくないものは自分にしか読めない字で書くという使い分けをしていたという。

『書は人なり』というが、『文字も人なり』である。
達筆過ぎて読めない文字で、クレームや問い合わせをいただき困ったこともあった。
要するに美文字とは上手い下手ではなく、誰でも読める字を書くことだと実感した。

ペン関係の雑誌に載っていた著名人の書く文字。
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出版社で働いていた友人はペンの持ち方も書く文字も独特だ。
なんでも大江健三郎氏が書かれる文字に憧れてペンの持ち方から真似をしたのだそうだ。
そうなんです、自分が書きたい文字を真似するのが一番の方法。
教室で習う文字だって結局はお手本の真似なのだから。

私が憧れている文字は女優の井上真央さんの文字。
お人柄が信頼できそうな印象を持ちました。
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2018.04.25 / Top↑
なくて七癖あって四十八癖という。
自分の癖は棚に上げ、とかく他人の癖は気になるもの。
とりわけ貧乏ゆすりとなると被害はないにしても目障りで落ち着かない。

午後のひと時、温かいカフェオレでまったりしたくなり外でお茶に出かけた。
家とはまた違った雰囲気の中に身を置くのも、適度な緊張感があっていいものだから。

席はほとんど空席で、中年の男性二人がそれぞれ離れた席にいるだけだった。
こういう時は窓際がいいのだが、見える景色は隣の雑居ビル。
おまけに椅子もカウンター用の椅子で座り心地が悪そうなので避けた。

結局、長椅子タイプの席に腰を落ち着け、持っていた本も並べてまったり準備が完了。
と思いきや、同じ並びの男性がしきりに貧乏ゆすりをしている。
あちゃ~という気分で目を逸らしたが、斜め先に座っている男性も同じ行為。

今さら他の席に移るのも不自然かと気を遣い、ついていないと諦めるしかなかった。
見なければそれで済むのだが、一度目に入ると気になってしまうのが人の癖。
まったりどころか、さっさとお茶を済ませて出てきてしまった。

電車もそうだが空いているときの席選びは案外むずかしい。
ここぞと思って座った席に、後から団体さんが横に押しかけたりすることもある。
逆に混雑している中で見つけた一席だけの空席に、ラッキー感を味わうこともある。

ある調査によると、電車の場合は座席の両端から埋まって、次が真ん中、それから一人分空けた席と埋まっていくそうだ。
席までの案内のないレストランなどでは窓際、奥の端っこ、中央といった具合で、入り口の近くが最後となる。

いずれにしても他人と距離をとりたいための法則で、暗黙のルールでもある。
確かにガラ空きなのにぴったりと横に座られたら、不自然であり気持ち悪い。
一人で行動するのもなにかと気を遣うものだ。

2018.04.24 / Top↑
都心にあるアンテナショップでとんぶりを買った。
とんぶりとは“ほうきの実”のことで秋田では普通に食されている。
今では見た目と食感から“畑のキャビア”と呼ばれているが、大人になるまでキャビア自体を知らなかった。

真空パックされたものと瓶詰めがあったが、真空パックを買った。
値段は瓶詰の半分以下。
そのせいかどうか、とんぶり最大の魅力であるプチプチ感に欠けガッカリ。

納豆に混ぜるのが一般的のようだが、実家の地域では長芋の千切りの上にトッピングして食べている。
私もこの食べ方が一番好きだ。
あくまでも長芋がメインでとんぶりは添え物。
ところが都内にある秋田郷土料理のお店では逆だった。

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こんなの美味しいとも思った事はないのに、歳のせいか妙に食べたくなる。
食べたいというより懐かしいだけなのだが。

もともと飢饉に見舞われ食料がなかったときに初めて食用とされたという歴史がある。
不味くはないが美味しいというものでもない。
お腹がいっぱいになるものでもない。
しかも加工するのに大変な手間がかかるという。
こんな頼りないものでも飢えを救ってくれたんだと思うと、先祖の知恵に唯々感心するばかりだ。

2018.04.23 / Top↑
いつも拝見しているブロガ―さんのほとんどが筍話題で盛り上がっている。
今年何度目の筍とか、筍もういいわ、などと羨ましい限りだ。

元職場の大先輩が引退後に移り住んだ茨城県。
家の裏手に見事な竹林があり、筍のシーズンになると招待してくれた。
職場の人達でグループを作り、週末になると何組も訪れる。
一番いい時期に当たるグループ、生憎と雨に当たるグループなど様々。
用意してある長靴に履き替え、不慣れな鍬を使い自分たちで収穫する。

筑波山が真正面に見える位置に東屋を作ったというその場所で、わいわいがやがや筍パーティ。
採れたてのお刺身、天ぷら、さっと煮、それぞれ持ち寄ったつまみなどで昼間からワイン、日本酒を楽しんだ。
帰りには自分で採った筍をどっさりと持ち帰ることもあった。
その大先輩もだいぶ高齢となり、とんとご無沙汰状態に、同時に旬の筍ともご無沙汰。

八百屋さんでボイル済の筍を買ってみた。
煮ものにするには小さすぎたので、キノコ類と一緒にバター焼きにした。
それなりに美味しかったが願わくば、筍だけをたらふく食べたいものだ。

2018.04.22 / Top↑
小用で日本橋まで出かけたついでに髙島屋に寄った。
すでにテレビ等で話題になっている羽生結弦展。
初日は八階の催事場入り口から一階のさらに表までの行列だったという。

さすがにそこまでの行列に並ぶ気はしないが、最後部が同じ階で済みそうだったので並んだ。
若冲、モネ、ダビンチと二時間近く並んだ記憶と、最近では確定申告で並んだがそれを彷彿とさせる。

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平日ということもあり、95%は働いていそうにない女性。
男性はというと高齢者の付き添いが目立つ。

実際身に着けた衣装とスケート靴、金メダルなどの展示コーナーは大盛況。
個人的に関心があったのは小学校時代の作文と衣装。
特に衣装のデッサン画はホントに少女漫画の世界だった。

この展示会場にはスポーツ選手の汗臭さ、巷で騒いでいるパワハラやセクハラなどというような空気はまるでない。
その言葉自体存在しない、清く正しく美しい世界。
泣くように作られたドラマに泣くように、そうのように演出されたものには、素直に騙されるのがいいと思っている。

ほどほどの長身、細身で脚の長いプリンスに、かつての乙女たちはうっとりと瞳を輝かせ、まるで夢心地。
入場料無料で二時間楽しんだ別世界、俄かファンでごめんなさい。

2018.04.21 / Top↑
久々の20,000歩散歩。
日暮里駅から谷中、根津、千駄木、駒込、巣鴨と歩いた。
区にすると、台東区、文京区、豊島区となるが、距離はそれほどでもない。

谷中のシンボルといわれている樹齢90年を超えるヒマラヤ杉。
もともとは鉢植えだったというから驚きです。
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途中でこの方に道順を確認した。
話しかけると耳を少しだけ傾けて真剣に聞いてくれるが、答えてはくれない。
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無事に根津神社に到着。
ツツジ祭りが始まり、大混雑。
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団子坂下から10分ほどバスに乗り六義園へ
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谷中で買った一個240円の豆大福を食べながら休憩。
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その後また徒歩で巣鴨まで歩き、とげぬき地蔵へ。
最期は上島珈琲に寄り、アイスコーヒーでお疲れ様でした会。

一緒に歩いた友人は今年70歳に到達するが、歩くのは私よりも速い。
箸が転んでもおかしい年頃の二人で、笑い合い、とりとめのない会話をしての一日を満喫した。

私の前を歩かないでください。
後についていかないかもしれません。
私の後ろを歩かないでください。
先に立って導かないかもしれません。
私と並んで歩いてください。
そして私の友でいてください。
                   カミュ

2018.04.20 / Top↑
諺とは誠に便利なものだ。
果報は寝て待てと言ったかと思いきや、蒔かぬ種は生えぬと言う。
期待があるかと思えば、戒めがある。
つまるところどちらを選んでも、自己責任ということになる。

犬も歩けば棒に当たるというのは二つの意味がある。
何かをしようとすれば、思いがけない災難に遭うことも多い。
何かをしているいちに思いがけない幸運に出会うこともある。

昨日は後者の意味での幸運に当たった。
アボカドを買いに滅多に行かないスーパーへと出向いた。
滅多に行かない理由は、駅からも自宅からも遠方なことと、食品だけのスーパーで、せっかく行っても他のついで買いが出来ないから。

欲しいのはアボカドだけであったので行ってみたが、高くてやめた。
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な~んだせっかく来たのにとガッカリしていたら、いいもの見つけた。
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なんと一缶84円。
パッケージデザインも悪くない。
試しに・・・、試しとは言えない10缶まとめ買い。
『わたし、お酒弱いんですけど〇〇なら少し飲めますゥ』的な、ほんのりと甘いカクテルに近い味。
日が暮れる前のアルコールにはちょうどいいかも。

10日間のお試しにします。

2018.04.19 / Top↑
長い間アボガドと言っていたのが、正しくはアボカドだと知ったのは21世紀に入って10年も経ってからだ。
顔から火が出る思いをしつつ人に話したら、案外同じような人がいることがわかった。

広辞苑にはアボカド、まれにアボガドとある。
明鏡国語辞典にはアボカド、アボガドは間違いとはっきり指摘している。

アボガドと言ってしまう人は外来語に弱い年配者に多いという。
新しい言葉を聞くと、以前知っていた言葉とダブってしまうということのようだ。
その根拠として、とくにシニアにはハリウッド映画の名優、ハンフリー・ボガードが記憶にあるからだと。
アボガドとボガード?ちょっと無茶のような気がする。

実際、彼もボガートという人もいれば、ボガードという人もいる。
モロッコを旅行したとき、映画“カサブランカ”に出ていたというBARにも寄ったが、アボガドを連想することはなかった。

私に正しくアボカドと教えてくれたのはこの本。

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村上春樹もアボカドの熟れ頃を言い当てるのは世界一難しいと書いている。
世界中から優秀な学者を一堂に集めた「アボカド熟成告知のためのシンクタンク」があってもいいとまで。

ところが、ハワイのカウアイ島ノースショアにほぼ完璧に言い当てるおばさんがいたという。
『これはあと三日』『これは明日のうちに』と言った具合で、感動的なまでにピタリと当たるそうだ。
それはもう超能力としか言いようがないとまで。
ちなみに彼が好きな食べ方は、キュウリとタマネギとアボカドを混ぜ、ショウガ・ドレッシングで食べるサラダだそうだ。

Wikiによると、日本では昭和40年代まではワニナシとも呼んでいたという。
表皮がワニのようで、形が洋ナシに似ているというので、英語の辞書にも avocado 以外に alligator pear とある。
仮にワニナシのままだったとしたら、アボカドよりも熟れ頃を当てるのがむずかしい気がする。
第一、食べてみようとする勇気がわかない。

2018.04.18 / Top↑
グッドデザイン賞というものがある。
日本産業デザイン振興会が市販の商品から選んだもので、とくに優秀な意匠をGマークで示すというもの。
私が勤務した会社も毎年なにかしら受賞している。

物を買う時の決め手となるものはなんだろうか。
価格、メーカー、使い勝手、色や形を含めたデザイン、広告、話題・・・
人によってそれぞれ基準があると思う。
また、食品であれば鮮度も大事だし、原産国も気になる。

缶酎ハイのグッドデザインを調べてみたら、タカラCANチューハイがGマークを受賞していた。
缶の形以外に色やロゴなど著名なデザイナーが携わっていたようだ。

私がほぼ毎晩の楽しみにしているものは、そのようなものではない。
価格と味だけに引かれたのだが、わざわざ電車に乗って買いに行く。
実は、近くでも同じ88円で買えて味も悪くないものがある。

それでも買わない理由は缶のデザインにある。
缶の形ではなく図柄というか模様。

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プシュッーと開けてちょうど唇が付く位置に赤黒いまだらの模様がある。
初めて飲んだ時に、唇から血が出ていると勘違いし、慌ててティッシュペーパーで唇をぬぐった。

出血している様子がなかったので、今度は缶そのもが最初から汚れていたのではないかと疑い、そこもごしごし拭いてみた。
どうやら汚れでもないとわかったものの、いちいち気になってしょうがない。
それがこの商品を買わなくなった最大の理由です。

それでもこの写真を撮るために、昨日わざわざ一缶だけ買いました。
親切でしょっ!
もちろん最後の一缶として消費もしますよー。

2018.04.17 / Top↑
炬燵を片付けたらやはりまだまだ寒い。
昨夜など珍しく夜中に二度も起きてしまった。
MLBは寒波の影響で大谷投手の先発予定だった試合も含め、11試合が中止になったとか。

アメリカでは雨で試合が中止になった時に rain check という雨天順延券(振替券)を発行するそうだ。
そのチケットで延期された試合を観戦できるという。
そこから派生して、人からの誘いを断るときにレイン・チェックを下さいというと“またの機会に”という婉曲な表現になる。

定年後の人間関係では、会いたい人を自分で選べるという特典がある(と思っている)。
特に仕事上だけでの繋がりだった人とは、共通のものがなくなったら終わりにしたいものだ。
仕事を離れた今、いつでもいつまでも会いたい人と、できれば避けたい人がはっきりしてきた。
ところが避けたい人からの誘いが多いというのも皮肉なことだ。

現役時代、職務上の関係で避けて通れない繫がり。
もともと考え方も価値観も、仕事以外の関心もまったく違う。

そう考えて年賀状も減らし、社友会も脱退した。
社友会の名簿から私の名前が外れていたことに驚き、連絡をしてきた人が何人かいた。
面白いのはその人達、社友会には一度も出席したことがないという。

とりあえず名簿に名前を載せておけばいいのか、誰かが一緒に出ようよと言ってくるのを待っているのか。
どうやら後者のようで、その言い出しっぺを私に委ねている感がある。

“仏の顔も三度”というが、あれこれ口実を捻出して断るのも三度目はつらい。
断る口実の在庫も少なく、多少罪悪感もあるからだ。
こういうときにこそ Give me a rain check と言ってみたいものだ。

2018.04.16 / Top↑
ようやく雨も上がり風も止んでいます。
春の嵐は気性が荒いですね。
それに引き換え、嵐が収まるどころかますます激化していくシリア情勢。
現実の出来事として受け止めることができない。

2010年、チュニジアを発端としてアラブ諸国に波及した“アラブの春”
長期独裁政権にうんざりしていた国民が起こした民主化運動。

私がシリアを旅行したときの大統領は現アサド大統領のお父さん。
そのときすでに20年以上政権を握っていた。

近隣のヨルダン、レバノンに比べても貧困空気が漂ってはいたが、パルミラ、ボスラ、アレッポなど考古学好きにはたまらない古代遺跡がたくさんあり、観光産業は潤っていたようだ。
なによりも首都ダマスカスは人間が定着した世界最古の都市だとされている。
そのダマスカスの近くが地獄絵状態になっている。

日本人観光客を相手にするときだけ、自称Hidekiひできと名乗っていた現地ガイド。
そこそこ悪い人だった。

シリア名産のオリーブ石鹸を買おうとすると、自分の友人の店に連れて行き、スークの(市場)5~6倍の値段をふっかけてくる。
もちろんポケット・マージンを取るためだ。
街の露店で売っていたCDを買おうとすると、自分が同じものを持っているから私から買えという。
これも露店の何倍もの価格を言ってくる。

腹が立って抗議をしたら、こんなことでもしないと私はこの国で食べていけないと開き直った。

あの頃は円高ドル安で、後になって思えば日本円で100円、200円でむきになり、ずいぶん無駄な体力を使ったものだと笑える。
今となってはそのことがピンポイントで鮮明な記憶として残り、思い出となっている。
なにはともあれ旅行できるほどまだ平和だったのだ。

あの頃日本の首相は橋本さんだったので、日本人を見ると子供でもハシモトーと呼んで近寄ってくる。
もちろんチップねだりのためであり、ハシモトは大人が教え込んでいると思われる。
政権がコロコロ変わった時期はさぞかしたいへんだったことだろう。
トルコのイスタンブールあたりで、日本人のおじさんに“シャチョウ、シャチョウ”と近寄ってくる子供たちよりは素朴だ。

それにしても建造物を破壊せず、人間だけを滅ぼすために化学兵器を使うとはもはや狂人。
建造物を壊すと後の再建になにかと不都合だからということらしい。
町じゅう至る所に貼られていたアサド親子のポスターが夢に出てきそうだ。

2018.04.15 / Top↑
♬ 薄紅色の可愛い君のね
  果てない夢が・・
 ♬     一青窈

桜からバトンを渡されたかのように咲くハナミズキが好き。

昨年まで住んでいたたまプラーザのハナミズキを毎年楽しみにしていた。
東急百貨店の裏側の坂道はハナミズキ通りになっていて、自宅までの近道だった。
この時期はいつも上を見上げて歩くのでつまずくことが多かった。

ちょうど一年前に写したハナミズキの大木。
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引っ越したらもう観られないと寂しく思っていたら、近所で見つけた。
個人宅なので一本だけだが、もっとも好きな薄紅色のハナミズキだった。
まだ満開ではないので楽しみが増えた。

勝手に撮ってすみません。
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ハナミズキの原産国はアメリカで dogwood というそうだ。
そのむかし、イヌの皮膚病の治療に樹皮の煮汁を使用したことから付いたとか。
日本では桜の樹皮から樺細工という工芸品を生んだ。
昔の人の知恵というものは素晴らしい。

写真を撮っていると、偶然にもドッグに遭遇。
引っ越して最初に友達になったミミちゃんだった。
久し振り過ぎたのか、それともノーメイクのせいか??
しばらく見つめられたが、声でわかったようで安心した。
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2018.04.14 / Top↑
春キャベツ、新じゃが、新玉ねぎ、竹の子、さやえんどう、グリーンアスパラ・・・
数え上げたらきりがないほど、春は野菜が美味しい。

春キャベツの千切りならそのままでも丼一杯いける。
新玉ねぎの薄切りはポン酢で食べるのが好きだ。
千切りにしてさっと湯通ししただけの新じゃがには明太マヨネーズが合う。
こんな具合で毎日酒のあてに困ることはない。

栃木訛りでのんびりとした口調が特徴的だった作家の故立松和平さん。
大学入学時の思い出として、うろ覚えだがこんなことを語っていた。

下宿の近くの食堂に入り、メニュー表で一番安いオニオンスライスを注文した。
ほんの何秒かで運ばれてきたものの、いくら待ってもライスが出てこない。
『ご飯はまだですか』と催促したいのだが、訛りが恥ずかしく声をかけれない。
しかたなく玉ねぎだけを食べることにして、はたと気づいた。
オニオンスライスをオニオンとライスだど勘違いしていた。
玉ねぎの上にのっていた削り節がゆらゆらと揺れて、まるで自分を笑っているかのようだった。

入学時ということは新玉ねぎだったかもしれないが、18歳の男性にしたらなんとも悲しい夕食だったことでしょう。
実際、これから東京で生きていくことは大変だぁと結んでいる。

当時の苦学生が経済的理由で味わったものと、私が味わうそれはまったく違うオニオンスライス。
早くも人生の酸いも辛さも噛みしめた人と、苦味も辛みも控えめで甘味を味わう自分とでは、出来の差が歴然としている。

まぁ仕方ない、せいぜいこの時期だけでもオニオンスライス食べまくって血液サラサラにする努力だけはしておこう。

2018.04.12 / Top↑
極度の乱視のせいなのか、はたまた花粉で目が霞んでいるせいか、単なる加齢なのか。
駅ビルに入る近道の入り口にたった一段だけの階段がある。
落語の饅頭こわいではないが、この階段がこわい。

モノトーンで横ストライプのおしゃれな模様のせいで、段差が見えない。
明らかに年齢が上と見受けられる人でもなんなく降りていく。
若い人などスマホの画面を見ながら、まるで段差など存在しないかのようだ。
どうやら怯えているのは私だけ。
ということは、加齢じゃなく乱視のせいか。

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昨年は60代の知人が二人大怪我をした。
一人は自転車で転び、大腿骨頸部骨折で半年間仕事を休んだ。
もう一人は毎日続けているランニングで転び、顔面大怪我。
二人とも通いなれた道、走りなれた道でのアクシデント。

平らな道でもつまずくことがある、人間の運命もそうしたものだ。
                          チェーホフ

たった一段とはいえ侮れない。
梯子だって最後の一段で怪我をすると言いますから。
きちんとした眼鏡をかけるか、近道を避けるかの二者択一で身を守るしかないようだ。

2018.04.11 / Top↑
無縁だった花粉らしき症状と闘いながら業務スーパーへと出かけた。
ここでしか見かけない缶酎ハイ“直球勝負”を買うためだ。
二駅とはいえ電車に乗るので、ファンデーションと口紅だけの手抜き化粧に花粉除け眼鏡をかけた。

どうやら直球勝負は大谷翔平君に効果があるようだと一人ご満悦。
米・日のマスコミ、特に米の手のひら返し報道にも驚くが、震度5の地震を差し置いてトップニュースになる日本の報道にも驚かされる。
個人的には、かつてひいきチームで背番号17を付けていた槇原投手の解説が一番分かりやすく面白い。

花粉の話にもどって花粉症を辞書で調べると、欧米の場合、アメリカはhay feverでイギリスはpollen allergyとある。
hayは干し草でpollenは花粉という意味で、どちらでも通じるがfay feverが一般的らしい。
まだ花粉症という概念がなかった頃、干し草を扱う農夫が決まってくしゃみや鼻水を流すことからきているという。
発症の原因となる草花の種類と時期の違いから、お金と時間に縛られない人は海外にロングステイするのも花粉症対策になるかもしれない。

しかし花粉どころではない恐ろしいものが飛び散っている国もあり、その悲惨さに目を覆う。
とりあえず目薬とマスクで耐えられるのだから、もう少し辛抱しよう。
ガスマスクなど付けたくない。

2018.04.10 / Top↑
痒~い、痒~い、痒~い。
気がつくと両手の指先で目をグリグリしている。
その後は決まって目がかすみ、パソコンもスマホも画面が見えない。
(ヤクルト・巨人戦の経過が見えなくてよかったが)

おまけに朝目が覚めると同時にくしゃみが三回。
なぜか三回と決まっている。
ひとまず痒みに効く目薬をさすが、スッキリするのは一瞬だけ。

人に会うと目が赤いよと指摘される。
人によって、
『疲れてる?』
『本読み過ぎ?』
『もしかして飲み過ぎ?』
と、様々だ。
いちいち面倒だからだて眼鏡でごまかす。

ひょっとしてこれがあの花粉?
これまで無縁だった花粉ってこんな症状?

何かと体調の変化が出始める。
You can not fight the years.
やはり年には勝てないか。

2018.04.09 / Top↑
久し振りに夜遊びをした翌日は妙に体が重く、一日中ぼんやりしていた。
ときどき広告で見かける『だるおも』状態。
年に二~三回こういうことがあるので特別な事ではないが。
こういう日は無理して気合を入れるより、ぼんやりしているに限る。

冬の間あれほど重宝した炬燵も鬱陶しくなった。
しかし、片付けると寒くなり、出すと暑い日になりと厄介な気候に振り回されている。
これも春先の特徴で、毎年繰り返されることでもある。

繰り返されることといえば寒いね~、暑いね~という挨拶がある。
日常の会話からお天気の話題を除くと、半分以下の話題しか残らないというのは世界共通らしい。
まさにお天気は会話のとっかかりとして便利な情報源だ。

職場の同僚に“お天気おばさん”と呼ばれていた人がいた。
テレビの天気予報はたいてい新人の可愛い局アナが担当するのが通例のようだが、彼女は私より若干年上だった。
とにかく朝出勤の挨拶から夕方の退社時までお天気を気にかけている人だった。
かと言ってどこかに出かける予定があるわけでもなさそう。

おまけに浅草にほど近い下町育ちのせいか世話好きでお節介。
仕事の後に出かける人には『夜から雨になるから早く帰りなさい』
週末出かける予定のある人には『折りたたみ傘を持っていきなさい』
一人暮らしをしている人には『週末は雨になりそうだから、洗濯は早めにね』
終始こういう感じだったが、彼女の予報のすべてはテレビからの受け売りで、自身の勘や知恵ではない。

それでもこういう当たり障りのない言葉で、社内のあらゆる層の年代と接触するのだから、それはそれで立派だと感心する。
特に職場に慣れていない新人にとっては緊張も緩和されることだろう。
また始まったよと思われることはあっても、傷ついたり不快な思いをすることはないのだから、これぞ能天気と呼ぶべし。

天気予報士なる職業も登場し、お天気情報もより詳しく専門的に説明してくれるようになった。
スマホでいつでもピンポイント天気を知ることもできる。
しかし、こんな時代にあっても毎日の天気は必ずしも出かけるために必要なだけではなく、人との会話において必要な情報でもある。

2018.04.07 / Top↑
毎日でも飽きないものが三つある。
食事だったら卵料理、読書だったら村上春樹のエッセイと紀行文、音楽だったら吉田拓郎だ。

卵好きは幼少時より、村上春樹は30代より、そして吉田拓郎は20歳からだからファン歴45年になる。
昨夜はその拓郎さんのライブに行ってきた。
といっても本人ではない。
好きが高じて本人になりきったコピー版で、“吉田拓郎ライブ完全再現”というもの。

拓郎さんの熱狂的ファンで、自称二人目の拓郎として公で活動している人は全国で6人ほどいるというからすごいことだ。
そんな中でも昨晩の拓郎は第一人者らしいが、これも自称かもしれない。
いづれにしても拓郎ファンとしては彼の歌とギターを楽しめれば満足なので、充分に楽しかった。

ビジュアルは70年代の拓郎スタイルで、顔も背丈もだいぶ違うが目を閉じて聞くと声や特徴は本人そのものだった。
これで全国を廻って生業としているのだからたいしたものだ。

このライブを知ったのも先日お花見に行った帰りのこと。
乗換駅でお茶を飲んでの帰り道、路上に出ていた看板で知った。
初めて降りた駅でこんなことに遭遇するとは驚きで、お店のマスターも縁があったことを喜んでくれた。

このお店は日替わりで他のジャンルのミュージシャンもたくさんライブをしているようだ。
マスターが矢沢永吉のファンということもあり、バックバンドをやっていた名の知れた一流どころも顔を出すという。
今後はちょくちょく通ってみたい。

おつまみにまた卵焼きをオーダーしてしまった。

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2018.04.06 / Top↑
先日のお花見以来、いまさらながら朧月夜の歌詞の美しさに感心している。

♬ 菜の花畠に 入日薄れ
  見わたす山の端 霞ふかし
  春風そよふく 空を見れば
  夕日かかりて におい淡し 


海外では“Sakura Sakura”を歌ってくれとせがまれた経験が二度ほどある。
二回とも古代ローマ時代の円形劇場を見学しているときだった。
確かレバノンとギリシャだったと記憶している。

現地ガイドが円形劇場の構造の仕組みを説明するときだった。
古代人はすでに音響効果というものを熟知して設計した。
それを証明するので、あなた自身が歌ってみなさいということらしい。
歌が上手かったらどんなにいいだろうと思うのはこういう時だ。
結局、両手をパンパン叩いて反響する音を確認するにとどめた。

何処の国へ行っても日本の歌といえば、さくらさくらのようだ。
オプションでホテルのディナーパーティーなどに出席すると、たいてい生バンドで宿泊客の国の代表的な音楽を演奏してくれる。
そのときも日本はさくらさくらだった。

知人もアメリカに行ったとき、日本の歌を歌ってくれといわれたそうだ。
あえて“さくらさくら”を避け、“富士の山”を歌ったら、Mt,Fuji のなにを歌ったものかと突っ込まれ、歌詞を英語で説明できず大汗を掻いたそうだ。
生兵法は大怪我の基ではないが、やはりさくらが無難と心得たそうだ。

ましてや朧月夜などどれほど苦労して英語にしても、朧月夜そのものの風情や趣を彼らが理解するかどうかが問題だ。
しかし、最近はSNSなどの普及で、日本人の知らない日本を知っている外国人も急増しているというから侮れない。
経験からして、もっとも日本文化に造詣が深いのはフランス人だと感じている。

旅行のために英語の勉強を始める人は多いが、同時に歌や文化、伝統などと組み合わせて勉強するとより楽しく上達するような気がする。
また、英語の恥は掻き捨てにしてはいけないと思う。
答えられなかったことや自信がなかったことは必ず後で調べるのも上達の秘訣だと実感している。

2018.04.05 / Top↑
気温の高さは気にならないが湿度は苦手なので、今の時期が一番好きだ。
最も高い気温を体験したのは真夏のイエメンと真夏のドバイ。
イエメンでは50℃まで計れる温度計が壊れたので、実際はそれ以上あったのかもしれない。
高層ビルが建ち並ぶドバイも似たようなものだが、湿度がやや高い。
ガイドブックで徒歩10分以上とあったら、タクシーを利用する目安と教えられた。
つまり、10分までが暑さに対して安全な徒歩圏内ということになる。

桜の季節とは思えないような気温が続いている首都圏だが、埼玉県にある幸手権現堂桜堤という所まで最後のお花見に出かけた。
友人がテレビかラジオの情報で知ったという、桜と菜の花のコントラスが楽しめる人気のスポットだそうだ。
そう言いつつ、本人は場所の読み方を知らないという。
幸手権現堂桜堤は“さってごんげんどうさくらつつみ”と読むことを知った。

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桜は三割散り始め、菜の花は五~六割咲きというタイミングの悪さではあったが充分に満喫した。
桜の開花が例年より早く、菜の花の開花が遅れたのが原因だそうだ。

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駅からは臨時バスも増発されていたが、ドバイではないので歩くほうを選んだ。
徒歩30分とあったが、実際は40分ほどかかったが気持ちのいい汗をかいた。
帰りはバスにしたが、ご高齢の男性がバス停で気分が悪くなったようで救急車を呼ぶというハプニングにも出くわした。

年年歳歳花相似たり、歳歳年年人同じからず
毎年毎年、花は変わることなく咲くが、その花を見る人は年ごとに異なっている。

今年ほど桜を堪能した年はないが、来年も今年の友人と花見ができるかわからない。
若いころは思いもしなかったことが、だんだん現実味を帯びてくる。
人だけではなく、桜や菜の花だって今年と同じ咲き方をすることはない。
花も人も刹那に変化するもの。

2018.04.04 / Top↑
四月最初の月曜日。
毎年のことながら、通勤電車は混み混みだろうなぁと想像している。
明らかに新入社員とわかる真新しいスーツと鞄と靴の三点セット。
通勤に慣れていないこともあり、同期と一緒に通勤するのもこの時期だけ。

数年前の話だが、新人紹介での挨拶で『この会社で初の女性社長をめざして頑張ります』と抱負を述べた女性がいた。
先輩たちから『ウォー』という大歓声と拍手が沸き上がったが、なんと4~5年であっさりと寿退社をした。

一方、入社当初より『長く働くつもりはない』『そろそろ退職を考えている』を口癖のように繰り返していたはずの女性が、まだ在籍していると聞いた。
かれこれ入社10年目になるはず。
公人ではないので何を言っても罪にならないが、きちんと覚えている先輩もいて後々微妙に影響するこもある。

自分はと言うと、口にこそ出さなかったが三年で辞めるつもりでいた。
何の根拠も不満もないが、その当時の社会背景からして『嫁にいかねば』が原因だった。
結婚したいのではなく、嫁にいくのが当たり前という空気。
もちろん実家の両親もそのつもりでいたようだが結局、人生最大の親不孝をしてしまった。

石の上にも三年ではないが、皮肉なことに仕事が面白くなってきたのは三年目から。
自炊生活だったので20代の給料では余裕がなかったが、30代に入ってからは余裕もでき海外旅行を始めるようになった。
男女問わず様々な魅力ある人たちと出会えたのもこの頃からで、それは今でも宝である。

終身雇用制度も年功序列も消えていくなか、私のように両方経験した人間は化け物として扱われる時代だが、少しでも長く遣り甲斐をもって楽しく働いて欲しいと願う。
コツとしてはいいメンターを見つけることが大事かと思う。
そのためには自分自身が努力しないと出会いも偶然もやって来ないと痛感しています。

2018.04.02 / Top↑
浅草には日本まるごと館という日本各地の名産品が買えるビルがある。
都内のあちこちで見かける各地のアンテナショップを一か所に集めたようなものだ。

去年初めて食べた豆腐の味噌漬けが忘れられなく、探し回っていたがここにあった。
しかし、これは私が食べたものとは全く違っていた。

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初めて食べたのは京都のもので、色も硬さもクリームチーズそのものだった。
お店の人の話では、こちらこそが本来の豆腐の味噌漬けであり、元祖なのだそうだが好きになれない。
2パック買ってしまったことを後悔している。
友人もつられて買っていたがまだ食べていないという。
どんな感想を言ってくるか楽しみだ。

その点、こちらはよく知られているから失敗はない。
味噌汁やお吸い物に入れて食べるのが好きだ。
乾麺を見るとつい買ってしまう。

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もう一つ、新潟揚げというものを買ったが、こちらは写真を撮る間もなく食べつくした。
それだけ気に入ったということだが、巨大な厚揚げのようなもので食べ方も一緒。
これこそもう一つ買うべきだった。

それにしても便利な世の中になった。
買い物だけではなく、交通機関も際立っている。
退職後に開通した新路線のおかげで、浅草から地元の駅まで10分で帰ってきた。
何もかも便利になり、ますます東京に人が集中することだろう。
人口の減少が著しい私の故郷などは消えてしまい、全国都道府県も一県減ってしまうかもしれないほどの危機感を持ってしまう。

2018.04.01 / Top↑