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定年直前に引っ越し。一人でも楽しく暮らす工夫をし、初めての土地で、初めての年金生活始めます。

ようやく確定申告を済ませた。
午後1時頃から並び、すべて終わったのが3時30分。
7千円ほどの還付金は棚ぼた通帳に入れることにした。

河津桜が見られるというお寺の近くまで小一時間ほど散歩した。
大したことはないが散歩が目的なので構わない。
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近くに八百屋さんがあり覗いてみたら、地元農家が作った切り干し大根というのがあって買ってみた。
切り干し大根好きなんです。
スーパーなどで売っている量の3~4倍くらいの量で200円でした。
他に地元産新玉ねぎ5個入り150円、ブロッコリー200円を買い帰ってきた。

歩行数は7,000歩に届かずだったが、税務署での2時間30分立ちっぱなしのせいか脹脛が痛い。
昼食抜きでも、歩きながらなめたのど飴二個でお腹は空いていない。

テレビは相変わらず、羽生、羽生、羽生、カーリング、カーリングで大騒ぎ。
連日多忙なスケジュールで大変だが、羽生選手にとってはそうなることも野心の一つとして計算内のことだろうから同情無用。
むしろ注目されればされるほど生き生き元気に饒舌になっていく。

韓国で食べて美味しかったものは何か?という幼稚な質問には答えなかった。
外国人記者クラブでも勝負飯は何か?という質問にもお米は必ず食べると答えただけで神秘性を残した。
王子様が具体的な食べ物を挙げたらイメージに関わるし、マスコミはさらに幼稚な大騒動を起こすしね。
賢いな~と感心しながら、年金生活者で日々ゆる~い凡人の私にはにイメージもへったくれもないからオープンにします。
昨夜はレンコンの素揚げ、切り干し大根の煮物、マカロニサラダにシークワーサー味の缶酎ハイで一日が終わった。

2018.02.28 / Top↑
朝食の時間を一時間遅くすることにした。
これで昼食抜きにしようという、いかにも安直なダイエット。

午後一時に税務署へ行ったら、なんと長い行列ができていた。
一時間ほど並んでようやく順番が近づいてきたところで、持参したものに不備があることに気づいた。
念のため係りの方に聞いたらやはり受付けできないとのことで出直すことになった。

その後、気の進まない内科医へと向かった。
相変わらず無表情な受付を澄まし、順番を待った。
実はこの病院は嫌いだけど、順番待ちの時間は好きなのだ。
我が家と同じくらいの大きさのテレビにはクラシックのDVDが流れている。
音量も高すぎず低すぎずで実に心地いいのだ。
出来れば診察無しでここにずっといたい気持ちになる。

名前が呼ばれたので、できるだけ明るく挨拶しながら診察室へ入ったが、またしても無表情な医師とアシスタントが迎えてくれた。
最近食べ続けている辛子明太子が心配だったが、血圧は正常というので安心した。
しかし体重増加は注意を受けた。
「すみません、実はオリンピック太りでして」と自虐したが無反応で済まされた。

先日初めて買ってみた缶酎ハイが気に入ったのでまた買うことにした。
本当は発泡酒系は好きではないのだが、それが幸いしてか350ml一缶で満足し飲み過ぎることがない。
アルコール度数も3%から9%まであり、真ん中をとって5%にしている。

結構歩いたと期待して歩数計を確認したら8,000歩にも満たなかった。
今日の午後はまた税務署へ行き、その後は河津桜の名所という所まで歩いてみようと思う。
とにかく何としてもめざせ10,000歩だからね。

2018.02.27 / Top↑
気がついたらオリンピックにはまっていた。
これ程オリンピックを観たのは65年の人生で初めてのこと。
それもこれもあり余る自由時間のせいだろう。
ついでに過去の東京オリンピックのことを思い出した。

1964年の東京オリンピックは小学校6年だった。
オリンピックの感想文を書くようにという宿題が出た。
あの頃のテレビは放映時間もマスコミも今とは全く違っていたと薄っすら記憶している。
ましてや秋田の片田舎ではチャンネルだって限られていた。

ほとんどの生徒が体操や柔道など日本人が活躍したことを書いていたが、なぜか私はアメリカの選手が活躍した水泳のことを書いた。
ドン・ショランダ―という選手は一人で金メダルを4個も取った選手で、私は完全に虜になって新聞記事もすべて切り抜いていたのだ。

書いた内容は忘れてしまったが、この感想文が校内で最優秀と評価されてしまったのだ。
給食の時間に放送室で自分の作文を読まされ、さらにそれを録音され、国語の時間の教材にされたりと、有頂天というよりも、随分恥をかいたという記憶だけが残っている。
実際、その時が初めて自分の声を聴くことになったわけで、以来自分の声が嫌いになった原因にもなった。

そんなことを思い出させてくれた今回のオリンピックも終わり、いよいよ炬燵どっぷり生活を改善する必要が出てきた。
昨夜久し振りに体重計に乗ったらなんと退職後4キロも増えていた。
スポーツ観戦をして、自分の運動を怠っていたのがあからさま。

それでなくても橋本病は食べなくても体重が増加するので、極力運動するようにと言われていた。
今日は月に一度の検診日だが、医師を含めて5~6人いるスタッフ全員がニコリともしないクリニックに行くのがさらに憂鬱でしかたない。

2018.02.26 / Top↑
しばらく続いていたお腹のトラブルも回復し、現在平常ウン転中です。
久し振りの外出で、二ヶ月振りに髪の毛もカットし、こちらもスッキリした。
昨夜はささやかに一人快気祝い。

初めて缶酎ハイなるものを買ってみた。
しばらく禁酒状態だったのでアルコール分3%のはちみつレモンにした。
飲み友に話したらきっと吹き出すこと間違いなし。

カボチャの煮物、豆腐となめこのさっと煮、マカロニサラダとカレーを作った。
カレーには赤みそを入れ、肉は挽肉にした。
どれも美味しく食べられてシアワセ。

外出のついでに税務署の前を通り、確定申告の混雑具合を確認した。
入り口前の道路に立っていた係りの方によると、午前中の方が混雑しているとのこと。
徒歩で5分ほどの距離なので構わないのだが、なにせ初めてのことで申告するものがよくわからない。
先輩の知人たちに聞いても人によって言うことが違っていて混乱中。
もう少し勉強しなくては。

2018.02.21 / Top↑
今月に入ってからというもの、ほとんど歩いていないことに気づいた。
寒さと体調不良のせいもあるがさすがにまずい。
医師から橋本病の疑いあり宣告をされた時点では笑い飛ばすくらい、諸々の症状に心当たりがなかったものの、まるで暗示にかかったかのように当てはまってきた感がある。

その一つが橋本病の典型と言われる無気力である。
例えば私の場合、今日出来ることを明日に延ばそうとするようになった。
スマホの歩行計のデーターは一日おきにデーター無しとある。
記録があったとしてもほとんど4,000歩以内。
この数字は駅周辺当たりまでの往復距離で、遠出をしていないことが明らか。
確かに一度も電車に乗っていない。

日常品以外の買い物といったら、安物のスカート一枚と本二冊だけ。
先月は人と会う機会が多く、退職後の交際費が最も多い月だったが、今月は今のところ友人の個展へ出かける予定だけだ。
このままいくと、退職後初めてぎりぎり年金内で暮らせることになる。

交際費を減らす、電車に乗った遠出をしない、買い物を減らす。
つまり、年金だけで生活するということはこういうことなのかと実感したが、反動は必ずくる。
来月はまた交際費が多い予定で、おまけに姪の大学卒業祝いもある。

昨年は年金の前倒しと(昭和27年生まれ女性)、九月までの給料やボーナスもあり、さらにマンション購入の固定資産税も加わり、あともう一年税金が高いことは覚悟。
定年後はマルタ島で英語の勉強を兼ね、シニア留学をしたいという夢はいともたやすく消えて行く。
差し当たり、お金を使わず10,000歩は歩く工夫をしなければ。

2018.02.19 / Top↑
昨日はここ数年で最もテレビを観ていた時間が長かったといっても過言でない。
本番はハラハラ・ドキドキで冷静に観ていられず、用もないのに立ち上がったり窓を開けたりと情けない。
しかし結果が分かった瞬間からは一日中チャンネルのザッピング、何十回観ても飽きません。

演技以外での私の興味は使用する音楽。
羽生選手はSPでショパンのバラード第一番、フリーはSEIMEIでした。
宇野選手はSPがビバルディの四季冬、フリーはプッチーニのトゥーランドット。
どちらも素敵でした。

他国の選手たちも比較的新しい、スターウォーズやビートルズメドレーなど馴染みのものから知らない曲もあったりした。
個人的にはトゥーランドットは別として、歌が入っていないほうが好きだ。

イスラエルの選手のとき、聴きなれた曲がかかった。
1996年にイスラエル旅行をしたときに買ったCDに収録されているもので、もう聞き飽きるほど聞いていた。
しかし歌は勿論のこと、ジャケットも歌詞カードもすべてヘブライ語なので曲名がわからない。

テレビ画面の端っこに曲名のテロップが出るのだが、悲しい事に最近このテロップのスピードに視覚能力が追いつかなくなった。
一応アナウンサーも曲名を紹介してくれるが、聞き取れないこともある。
視聴覚ともに老化現象が始まってきたかと不安を抱く一日でもあった。

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2018.02.18 / Top↑
体調は完全ではないが落ち着いてきて、夜中に起きたのは一度だけ。
お腹のほうもピーヒャラ、ピーヒャラ笛太鼓のお囃子が終わり、まるで祭りの後といった静けさを取り戻した。
お医者様は羽生先生と宇野先生でした。

昨日はいよいよ病院へ行く決心でしたが、午後の診察が3時からというのでフィギアスケートを観ていた。
実はこう見えても(見えるわけないよね)ノミの心臓でして、スポーツはやるのも観るのも苦手。
故郷の学校が出る高校野球も、ひいきのチームの日本シリーズもまともに観れない。
昨日も羽生選手と宇野選手のときは両手で顔を覆い、指の間から覗いて観ていた。
そして何と演技終了後にはお腹の痛みが消えていた。
感動冷めやらぬ状態もあり、病院行きを中止した。

ところで、私たちが応援のつもりで掛ける“頑張って”という言葉が、相手にとっては逆にプレッシャーがかかるということで嫌われることがある。
確かに十分頑張っているのに無邪気にそのような言葉を使うのも無責任なことだが、とりあえずビール的に便利に使ってしまう。

スピードスケート女子1000メートルで銀メダルを獲得した小平奈緒選手は高校時代に壁にぶつかったとき、頑張れという言葉に疲れて、スケートの楽しさを忘れるくらい辛くて自信が持てなくなったそうだ。
そんな時にコーチから送られた言葉で前向きになれたそうだ。
その言葉はやはり“ガンバレ”だったが、頑張れではなく、顔晴れだったという。
顔が晴れるガンバレで辛くても笑顔を忘れずに頑張ってこられたという。

英語圏ではよく“Enjoy”というが日本語は声で伝える言葉と文字で伝える言葉がある。
この顔晴れも文字向きであり、声にするとやはり頑張れと同じで、なかなか本意を伝えにくい。

さぁ間もなくフリーが始まる。
やっぱり言ってしまう、きょうもガンバレ!

2018.02.17 / Top↑
腹痛と下〇はきょうも続いている。
相変わらず鳩か鶏状態。
髪も切りたい、日常品の買い物もしたい、人生初の確定申告も始まったが外に出るのが怖い。

人の特徴をザックリと二つに分けると、すぐ病院に行く人となかなか行かない人に分かれる。
私は間違いなく後者だが、世間には同じような人もかなりいるらしい。

行かない理由としては単に医者嫌い、面倒くさい、病状軽視、健康過信、病気と宣告されるのが怖い、金銭的理由などがあげられるそうだ。
私の場合は医者嫌いと面倒かな。

反対にすぐ病院に行く人がいる。
実家のお嫁さんはちょっとした切り傷でも病院へ行く。
知人の女性は、いつもの時間より二時間便通が遅れただけで病院へ行ったと言っていた。
そのくせ、首回りに加齢からくると思われるイボのようなものが大中小と星の数ほどある。
皮膚科で簡単に除去できるとすすめてもこちらは気にならないようで行かない。
美人で色白で首の開いた洋服が好みのようなので余計に目立つ。
実はこの人と食事をする機会が何度かあったが、首を見ると食欲がなくなった。

私は夏になると目の下にイボのようなものができる。
正式名は汗管腫といって汗の管の組織が増えて小さな塊となるもの。
医者嫌いで面倒くさがり屋の私だが、これだけは速攻皮膚科へ駆け込み除去する。

つまるところ、私の場合は目に見える変化にはすぐさま対処し、多少痛みを伴っても目に見えない箇所には対応を怠る傾向にあるようだ。
それにしても三日も腹痛が続くのは初めてのことなので、いよいよ病院へ行くしかないようだ。

2018.02.16 / Top↑
久々の腹痛と〇痢に苦しんでいます。
あえて久々というのは、これまでも年に二度くらい急に激しい腹痛を伴った下〇に襲われることがあったが、ここ何年かは経験していなかった。
(〇は文字を想像してねw)たいていその後はスッキリし、何事もなかったような状態になる。
20代の頃から繰り返していることだ。

それが今回は二日間も続いている。
強いて心当たりと言えば、12日の夜に食べたアサリの酒蒸しかな?とも思えるが、お腹が痛くなったのは13日の夜からで、その日はタラとキノコのホイル包み焼き、お腹にあたるとは考えにくい。

5分から10分、長い時で30分間隔で下腹部がギューと痛くなり、あわててトイレに駆け込んでもニワトリかハトのような量しか排泄されない。
食欲は変わりなく、吐き気も全くないので普段と同じようにしている。

未だにインフルや花粉といった流行にものらず、病院に行くほどの風邪も引かない私は、同僚達から鉄人と揶揄されてきた。
それもそのはず、お腹が痛くなるのはたいてい土日が多かったので、そんなことで苦しんでいたことは誰にも知られていなかった。
私にだって腸というアキレス腱があったのだよー。

数少ないとは言え、読者の皆様きょうはこんな話題ですみません。

2018.02.15 / Top↑
ある公立小学校の高級ブランドの制服導入が話題となっている。
公立小学校というところに反感が出ているのか、それともアルマーニに反感があるのか?
銀座には銀座で生まれた有名な老舗テーラーもあるのだから、服育というのならばこちらで作った方が教育になるというような意見もあり、なるほど言い得て妙だ。

そもそも制服とは個人の自由意志によらず、制度によって規制された集団の統一的衣服。
目的は、その集団の意志的統一をはかると同時に、他の集団との区別を明確化しようとするところにある。
典型は各種スポーツの制服、軍服、学生服、企業内の作業服など。
ブリタニカ国際百科事典より

企業内の制服と言えば、何といっても航空会社とデパート、それに大手銀行の制服だと思う。
銀行のほうは制服を廃止したが、どれも制服が変わると新聞の記事になるくらい話題になる。
バブル時のデパートの制服も有名デザイナーのものがあった。
ただしこちらは企業なのでバッシングにはならない。
業績が悪く、株価を下げていれば当然、制服の見直しなどしないはずだし。
そうやって見ると大手老舗デパートの制服が、ここ何年と変わらなくなったと気づいた。

私も43年間、世間の話題にもならない制服を着ていた。
会社が制服を変えるタイミングは、何か節目のときが多い。
創立〇〇周年とか、リニューアル記念などである。
制服があるから通勤服にお金をかけないという人、むしろ制服だから私服で思いっきりおしゃれをしたいという人、様々であった。
制服を着るのは女性だけなので、制服のない男性にはワイシャツやネクタイなどの支給もしくは手当てがある。
これもまた、支給品で満足する人、支給品を絶対着ない人、支給額以下のもので済ましている人がいる。

アップル社の故スティーブ・ジョブズ氏はSONYの工場見学をした際、全員お揃いのユニフォームを着用しているのを見て、いかにも品質管理が行き届いている印象がすると感心し、早速アップルの工場でも採用しようとオーダーしたが、従業員から猛反対され実施にいたらなかったと。
プレゼンでよく着ていたあの黒のハイネックシャツがそれで、自分で責任を取りトレードマークにしたようだ。
ちなみにデザインしたのは三宅一生だそうだ。

2018.02.14 / Top↑
かれこれ6~7年ほど前に本屋さんで見つけたチャップリンのDVD.
四作品をピックアップして買ったものの時間がなく観ていなかった。
時間に余裕が出来たときはDVD用のデッキが故障していた。

再生専用のデッキを買ったので昨日初めて封を開け“ライムライト”を鑑賞した。
なんと1952年制作ということは私と同い年ではないか。
人生に絶望し、ガス自殺を図った若きバレリーナと、かつてイギリスで一番と言われたが、落ちぶれて酒浸りの日々をおくる老いぼれ道化師の話。

役柄は道化師だが、セリフはまるで言葉の魔術師のように、生きる希望も意味も失ったバレリーナを励まし続ける。
これらの言葉は観ている自分にも直接響いてくる。

希望がなければ、瞬間を生きればよい。
素晴らしい瞬間だってあるのだから。

人生は恐れなければ、とても素晴らしいものなんだ。
人生に必用なもの、それは勇気と想像力、そして少しのお金だ。

人生の戦いに疲れたというバレリーナに対して

それは自分と戦うからだよ、諦めてはいけない。
幸福のための戦いは美しい。
幸福は実在している。
幼いころ、私がオモチャをねだると父が言った。
(自分の頭を指して)これが最高のオモチャだ、すべての幸福の秘密がある。

上京し、初めてのBFとのデートで観た映画がチャップリンの街の灯りだった。
もう45年も前の話だ。
その彼とは縁がなく終わったが、その人が好きだったチャップリンと古典落語、阿部公房という置き土産が、いまだに自分の好きな物となっている。
もはや別れても好きな人ではないが、別れても好きな物だけは残った。

2018.02.13 / Top↑
“肩には肩パット胸には胸パット腹だけは自前”
私がまだ30代だった頃、すでにシニア年齢に達していた大先輩から聞いた川柳。

女性の社会進出が著しく、とりわけ女性が高ポストに就くようになった80年代、かっちりとしたスーツやジャケットが働く女性のマストアイテムとなった。
あの頃の洋服には何でもかんでも肩パットというものが付いていた。
肩パット付きのブラウスに肩パット入りのジャケットを重ねたら、異常なほど肩の丈夫な?私はまるで鎧でも着ているような状態。
それでブラウスは買った後すぐに肩パットを外して捨てていた。
今、思い出したが男性向けには“シークレットシューズ”というのもあった。

代わりに私が着けていたのは“猫背矯正ベルト”というもの。
巨人の星で星飛雄馬が着けていた“大リーグボール養成ギブス”なるものがあったが、引けを取らない代物。
あの頃は怪しげな通信販売で買ったが、今では東急ハンズなどでも買える。
百貨店の洋服売り場で働いている女性なども仕事柄、着こなしを美しく見せるため身に着けているとも聞いた。

最近、加齢と炬燵生活のせいか姿勢が悪くなり、猫背に拍車がかかっている気がする。
意識して気を付けるか運動でもすればいいのだが、無精で怠け者なのでまたベルトでも着けてみようかなと考えている。
また、先月病院で身長を計ったら、なんと2cmも縮んでいてショックを受けた。
さすがにシークレットシューズを履こうとは思わないが、厚底シューズならと思いきや、これもまた体のバランスをとるのに一苦労、下手すると足をくじいてしまいそう。
やはり運動するしかないようだ。

2018.02.12 / Top↑
魚が苦手だ。
とりわけ青魚が苦手だ。
反面、鱈や鰈、ホッケといった類のものは大好きだ。
おそらく故郷である秋田で、生まれたときから鰰を食べてきたせいだと思う。
なにせ12月から3月まで、およそ一年の三分の一はほぼ毎日食べ続けなければならなかったのだ。

鰰は塩漬けにしたものを冬の間中、煮たり焼いたりして食べる。
この時期が終わるとホッケや鰈の登場となるのだ。
これはあくまでも子供時代の我が家の場合であり、よそ様もそうなのかは知らないが、少なくとも向こう三軒両隣もそうだった。
さすがに今の生活ではそんなことはない、第一鰰が獲れなくなった。
鰈は真鰈が多く、これも煮たり焼いたりするのだが、ときどき唐揚げやムニエルになる。

昨日スーパーで真鰈を見つけたので煮付けにしてみた。
はっきり言って煮魚は得意ではない。
煮崩れはもちろん、味も毎回違うのだが、これはおそらく麺つゆを使うせいだと思う。
たまたま特売になっていたものを買うので、買いかえる毎に味が違うのだ。

何年か前、お料理上手な後輩主婦から煮魚の基本“さみしさ同量水二倍”という言葉を教わった。
酒、味醂、醤油、砂糖は同量で水はその二倍という。
あとは生姜は必需品。
これだと切り身の量、鍋の大きさに関係なく上手くいく。
言葉自体も気に入りさっそく試してみたら、これが一番美味しく失敗もない。

ところで、煮魚は調味料が沸騰してから魚を入れると教わって、実際魚のパッケージにもそのようなシールが貼ってある。
しかし、瀬尾幸子さんという料理研究家の本には“煮魚は冷たい煮汁から魚を入れて煮る”とある。
理由は、煮汁が沸騰するときに、酒のアルコール分といっしょに魚の臭みが抜けていくからという。
だから煮立つまでは蓋をせず、煮立ってから落し蓋をするようにとある。
今のところ瀬尾先生のご教示に従っている次第だが。

主婦業も子育ても経験がなく43年間、時間的に不規則な食生活でやってきたせいで料理は嫌いではないが下手だ。
退職後に一番興味を持ったのが料理であり、一番真面目に取り組んでいるのも料理である。

2018.02.10 / Top↑
肉が入っていないのに豚汁とは之如何に。
蟹を使っていないのにカニカマと言うが如し。

お気に入りのブロガーさんの記事にあった肉の入らない豚汁を拝見した。
具沢山味噌汁と表現しないところが気に入って、たまたま豚肉があったのでちゃんとした?豚汁を作った。
二日と半日かけて完食したが食べている途中で、肉無しでもいいじゃないのかとふと思った。
出しは牛蒡が頑張っていい出しになっているし、それぞれの野菜がそれぞれ美味しく、むしろ肉がじゃまになった。

ロアルド・ダールというイギリスの作家のファンである。
風刺やブラックユーモアに満ちた短編が多いが、児童書もたくさん書いている。
2006年に読んだ“キスキス”という短編集が特に好きだ。
その中に“豚”という身の毛がよだつような話がある。

生後12日で孤児となってしまった男の子は遠い親戚である叔母に引き取られていく。
この叔母が徹底した菜食主義者で肉を食べる人間まで軽蔑していたため、何処で誰に肉を食べさせられるかわからないからという理由で、男の子を学校にも通わせなかった。
しかし、たぐいまれな才能を持ったこの少年は、6歳にして畑の野菜や果物を使って見事な料理をするようになり、レシピまできちんとまとめるようになった。

やがて叔母が亡くなり少年は一人ぼっちとなり、都会へと出かけていきます。
あまりの空腹に耐え兼ね、一軒の安食堂を見つけロースト・ポークというものを注文します。
生まれて初めて口にした肉で、肉ということも知りません。
しかしその美味さに感激し、ポークとは何かとしきりに尋ね、とうとう肉の加工場まで聞き出し、その工場へと出かけます。
豚肉加工工場ではベルトコンベヤーに乗せて見学させてくれるのだが、この工場を見学した者で帰ってきた者は誰一人いないという落ちです。

ブロガーさんの肉なしは菜食主義者なのでしょうか、それとも質素とエコのためなのでしょうか判断しかねますが、今でいうとぶれないというか、しっかりとした自分の生き方を保ち、時に柔軟でユーモアを交えた記事に脱帽しています。

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翻訳が開高健、あとがきが阿刀田高という何とも贅沢なこの本は、文章が二段になっていてかなり文字が小さいため、ときどき視力検査代わりに読んでいるが、まだ眼鏡なしで読めました。

2018.02.09 / Top↑
一日一合だけお米を炊く。
炊き立ての半分は夕食用で、残りの半分は翌日の朝食になる。
朝一番のルーティンはこの冷ご飯をお粥にする作業から始まる。
鍋にご飯と少し多めの水、鶏がらスープ(の素)、乾燥したほうれん草または小松菜、ちりめんじゃこを入れてという常にワンパターン。
これでお茶碗2杯分のお粥が出来るので日によってはお昼ご飯抜きで過ごす。
当然おやつ類の間食はしない。

働いていた頃は残りご飯はおにぎりにして職場に持っていき、始業前に食べていた。
炊くお米は常に一合なので、前の晩にやや多めに食べてしまうと翌日のおにぎりが小さくなる。
逆に少ないと当然おにぎりが大きくなる。

たまたま大きいおにぎりの日、職場の人に見られたようで、それ以来、私のおにぎりはデッカイということになってしまった。
昼食時間前に「あぁーお腹空いた」と言ったときも「今朝はデッカイおにぎり食べなかったの?」と返された。
話が伝わっていくうちに、デッカイにいろいろ付くようになった。
すごくデッカイ、いつもデッカイなど。
な~んだ、見てたんだったらその時に「デッカイね」と言ってくれたら事情を説明したのに。

職場というのはこのような些細なことが話題になったり、噂になったりする。
人によってはそれで傷つく人もいるだろうが、私は気にしない。
むしろ一緒になって楽しんでしまう。
今はデッカイおにぎりを食べようが何しようが、噂になるようなこともないのがちょっぴり寂しい。

2018.02.08 / Top↑
“STAP細胞はあります”のあの方が、実験室ではいつも白い割烹着を着ていたのが印象的だった。
何でもおばあ様がプレゼントしてくれたとのことで、若いお嬢さんが身に着けるとモダンレトロという感じで新鮮だった。
もし男性だったら、思わず、お嫁さんにしたいと心ときめいたかもしれない。

子供の頃、祖母も母もほとんど毎日割烹着をしていた。
普段は色柄模様だったが、お正月とかお祝い事などのときは白だった。
派手な柄物よりも白一色のほうが、特別で華やかに見えたのも、ハレの日だからでしょうか。

水仕事をするのに袖口が気になり、大抵は捲し上げているのだが突如、割烹着が欲しくなったときがある。
近くのスーパーを覗いてみたら、種類こそ少ないが扱っていた。
しかし、白の割烹着のお値段が結構高くて諦めた。

最近、駅近のショッピングモールを歩いていたら割烹着らしきものがたくさん並んでいるお店があり、足を止めた。
目を引いたのはタータンチェック柄で、背中を紐で結ぶタイプではなく、半纏や襦袢のように前を合わせて紐で結ぶようになっている。
袖口は勿論ゴム入りで、どちらかというとチェニックのような感じで、値段も税込み1990円。

しばらく眺めていたら「そちらは今日入荷したばかりの新作ですよ」とご年配の女性が声をかけてくれた。
残念ながら、私はその手の声には惑わされない。
使えるか使えないか、はたまた水仕事以外で、例えばゴミ捨て位なら着て出られるかなどが問題なのだが、結局買うことにした。
赤系、茶系、黒系とあったが、最初に目についた赤系にした。

割烹着もエプロンも女性が家事労働をする際に着物が汚れないよう考案されたものだが、驚いたことにエプロンは古代エジプト時代すでに存在していたという。
一方、割烹着は日本独自のもので明治時代に東京日本橋にあった、今でいう料理学校のようなところで考案されたという。
その後、大日本国防婦人会、各婦人会、団体等でも着用されるようになったとか。
さすが着物文化ですね。

ところで割烹着は、掛けるのか、付けるのか、着るのかで悩んでしまった。

2018.02.07 / Top↑
退職してからというものめっきりと読書量が減った。
とは言え、それなりに本は増えているようで乱雑極まりない。
思い切って本棚の整理をした。

幸福な家庭はすべて互いに似かよったものであり、不幸な家庭はどこもその不幸のおもむきが異なっているものである。

有名なこの書き出しで始まるトルストイのアンナ・カレーニナ。
新潮文庫で上・中・下と三巻あるうち上のあともう少しで止まっている。
これはなんとか完読しなければと思い、棚から出しておいた。

高校生の頃、町に一軒だけあった映画館の宣伝カーが、新着の映画のタイトルを連呼しながら町中を走り、授業中の教室にも響き渡っていた。
ヘップバーンの“暗くなるまで待って”など、映画こそ観なかったがタイトルだけはよく覚えていた。
アンナ・カレーニナもその一つなのだが、当時アンナは別としてカレーニナのほうを覚えきれなくてよく忘れた。
そこで“アンタは家でカレー煮テナ”と記憶し、以来二度と忘れることはなかった。
これに限らず、人の名前や英単語なども自己流にアレンジして記憶する癖は今でも続いている。

さて話はこの本のことではない。
滅多にカレーを作ることはないのだが無性に食べたくなった。
お気に入りのブロガーさんが、カレーに赤みそを少し加えて作ったという記事を拝見し真似てみた。
赤みそって豆味噌といって大豆だけで作った味噌で、調味料として使うと味にコクが増すと知ったのでこれだけで作ってみた。
美味しいー、いつもなら一日で飽きてしまうのだが、これなら今夜も続けて食べたい。
ちなみにブロガーさんは二日目にチーズを追加したとのことだったので、これも真似してみよう。

わかる人にはわかると思うが、私のはも入れましたよー(笑)
以下同様
を入れた豚汁も今夜のメニューにします。
これからもパクリたい料理を期待しています。

2018.02.06 / Top↑
選手より政治色が強そうな今回のオリンピック。
たけしさんがピョンチャンを平昌と漢字にされると平尾昌晃と間違えるとおっしゃっていたのが、自分と同じで笑えた。
昨日笑ったのはこれだけだったのも寂しい話だが。

82歳のプログラマー若宮正子さんが国連で講演されたという話題は興味深い。
経歴等を検索し、おこがましくも自分との共通点を探ってみた。
職種こそ違うが、入社以来同じ会社で定年まで勤めたこと。
おしゃべりや人と接するのが好きだということ。
出来ないことでもとりあえず自力でやってみるというところ。
工夫することが好きなこと。

そして大きな違いはというと数多ある。
見た目の品の良さとおしゃれ感覚、もちろんお肌もとても綺麗。
ベリーショートにされた白髪にピンクやイエロー、レッドという明るい色を、計算したように上手に首元に使っていらっしゃる。
精神的な若さはもちろん、身体的にもすらりと身軽そうで美しい。
挑戦力、行動力、応用力、問題意識の高さ、せっかく翼をみつけたのだからまずは飛んでみようという姿勢。
リケジョならぬリケ老を提唱されているところ。
最大の関心がAIであること。
その他諸々諸々。

どんな人間にもその人なりの人生のピークがある。
人によってピークが10代のときかもしれないし、あるいは70代とか80代のときかもしれない。
はたまたピークが二度ある人もいるかもしれない。
このようなことが村上春樹さんの“走ることについて語るとき僕が語ること”という本に書いてあったような記憶がある。

もう一人シニアで話題になっている若竹千佐子さんという、63歳で芥川賞を受賞された方がいらっしゃる。
今気づいたのですが、お二人とも苗字に“若”が付くんですね。

あの生き生きとしたインタビューを拝見して、まさにピークにいるように思われるが、このお二人がご自分で、今が私たちの人生のピークと思っていらっしゃるのかどうかはご本人でないとわからない。
案外現役で働いていた時だったり、子供を育てている時だったと答えるかもしれない。
それともまさに人生で二度目のピークに立っているのかもしれない。
いずれにしても自分にとっては気になる存在であり、憧れであり、目標である。

はたして自分のピークは?と考えると今のところ仕事の中でしか思い当たらない。
仕事で評価され自分でも一番やりがいを感じて働いていた30代後半から40代が印象に残っている。
つまりもうすでにピークが過ぎたということになるが、人生まだまだ進行形なわけでそれで終わるには寂しい。
結局のところ、人生のピークとは死ぬ瞬間までわからないものなのかも。
最高の死に方というものがあるのかどうかわからないが、もしあるとしたらそれがその人にとってのピークと言えなくもない。

2018.02.04 / Top↑
三人掛けの優先席を一人で陣取り、横には荷物を置き、足を組んで読書に没頭する40代位の女性。
時間は夕方の6時過ぎ、いくら都心から逆方向といえど車内は立っている人もいる。
しかし、この女性はまるで気にする様子もなく、とにかく終始同じ態勢で、片時も本から目を離さず、時々ページをめくる指先だけが動いている。

マナーは別として、そこまで没頭できる本とは一体何を読んでいるのかしらと私の興味も湧き上がる。
さらにさらに驚いたことは読書のお供とでもいうのかしら、膝の上にのせた柿の種の袋。
そこから一定したリズムで、実にみごとに手ですくっては口の中に放り込むのだ。
ちなみにこの動作中も目は本から離さないのに、一粒だってこぼさないのでつい見とれてしまった。

彼女にとってここは電車内ではなく、まるで自宅のソファに座って読書をしているかのようだ。
途中から大分混雑してきたが、誰もこの席に近づく人はいない。
私の方が先に降りたのだが、その後の行方が気になって仕方がない。

私の読書のお供といったらあたりめ。
もちろん自宅ですよ、外ではやりません。
もともと大のイカ好きなのだが、読書のときだけはさきイカとかそういったのはダメ、あたりめに限るのである。
あの噛み心地が脳を刺激するのかしら、よく頭に入りページが進むから不思議だ。
しかし、制御のきかない食べ過ぎと塩分が気になり2~3年前にこの悪癖を絶ったのだが、柿の種女性を見てからというもの、また復活してしまった。
今日も買いにいきたいところだが、生憎の天気なので我慢することにした。
コンビニや一番近いスーパーは高いからね。

悪癖はすぐに戻るがそれを絶つのは難儀であるとわかっちゃいるけどやめられない。
柿の種もあたりめも匂いが酷いですから通勤電車内はやめましょうね。

2018.02.02 / Top↑
昨夜はベランダで寒さこらえながら皆既月食を眺めていた。
そのせいか今朝はとても怪奇?な夢で目覚めた。
夢と言ってもまったくストーリーはなくただ音楽だけ。
まるで目覚まし時計の代わりのようにBGMとなって繰り返される。
慌てて起き上がったら6時40分だった。

そのBGMは菅原洋一さんが歌っている“わすれな草をあなたに”という曲。
特別彼のファンでもないし、最近この歌を聞いたわけでもない、特に思い入れがあるわけでもない。
まして歌った記憶もない。私は人前では決して歌わない、歌えない人間なのだ。
それなのに夢?の中では自分も一緒に歌っていた。
フロイトやユングはどう分析してくれるだろうか?

ユーチューブでこの曲を確認したらなんと昭和39年の歌だった。
さらには倍賞千恵子さんまで美しい声で歌っていらっしゃる。
声のきれいな人、歌の上手い人には心底憧れてしまう。
そんなわけで、朝からずーとこの歌が頭から離れない。

わすれな草は英語でもそのまま forget-me-not わたしを忘れないでというようだ。
もともとはドナウ川の岸辺を散歩していたカップルの男性が、川岸に咲いていたこの花を恋人のために岸に降りて摘んでいたところ、誤って川に落ちて亡くなったという。
最期に力を振り絞って“僕を忘れないで”と言って摘んだ花を恋人に向けて投げたということでこの名前がついたのだそうだ。
※wikiより

こんなロマンティックな悲恋ものからほど遠い生活をしているこの頃。
せめて春になったら鉢植えでも買って楽しもう。
それにしても聞けば聞くほど歌詞もメロディーも美しいし、カバーで歌っている人も歌唱力抜群の歌手ばかりだわ。

2018.02.01 / Top↑