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定年間際に引越した土地で小さな冒険とささやかな幸せ探しをする日々

この寒さと炬燵生活のせいでしょうか、とんとからぽやみ人間になった。
からぽやみとは怠け者というような意味の方言です。
先々週秋田から上京してきた友人と会ったり、芥川賞を受賞した“おらおらでひとりいぐも”を読んだこともあり、方言が自然に出てくるこの頃です。

さて、そのからぽやみの私が久し振りに重くなった腰を上げ、念願だった成田山新勝寺まで行ってきた。
成田山は中途半端に遠いイメージだったので、退職したら最初に出かける場所として温存していた所。
幸い、友人が毎年一月中の平日にお詣りする所だというので一緒に出かけた。

想像をはるかに超える広大な新勝寺詣りを済ませ、隣接する公園内と参道散策。
お天気は良かったものの顔に当たる風が冷たく、二人で「ニューヨーク、ニューヨーク」と唱えながら歩く。
そう、同時多発テロのあった年の一年前の冬に二人でニューヨークを旅行したのでした。
あの時の寒さときたらこんなもんじゃなかったという意味での「ニューヨーク、ニューヨーク」です。

千葉と言えば落花生というステレオタイプで、殻つき落花生と米谷の栗蒸し羊羹を買い、名物の鰻は二人とも苦手なので駅前のファミレスで遅い昼食。
安物のワインを飲みながら初成田山の感想などを話し込んでいたらなんと4時間以上も長居していた。

帰宅後、歌舞伎成田屋と新勝寺の関係、参道に鰻屋が多い理由などを調べていたら興味深い歴史が潜んでいた。
国内旅行よりも海外旅行、日本史よりも世界史、漢字よりもアルファベットに興味があった自分にとって新たな関心が湧き、有意義な一日を過ごした。


2018.01.30 / Top↑
月に一度のクリニックへ行き、一ヶ月前の血液検査の結果を聞いた。
医師の声の小ささは変わらないが何とか聞き取れた。
バセドウ病は落着いていたので二年前から薬はやめていたが、今度は真逆の橋本病の疑いがあるという。

バセドウ病は甲状腺ホルモンが過剰に分泌されている状態で、橋本病は甲状腺機能が低下した状態。
症状もバセドウ病は発汗、息切れ、動悸、イライラ感、集中力の低下、食べても体重が減少するなどが挙げられているが、橋本病の場合は、寒がり、汗をかかない、疲れやすい、むくみ、 食べなくても体重の増加、物忘れ、無気力、髪の毛のパサつきや抜け毛等々。

確かに体重はやや増加しているが、仕事を辞めたせいで多少は仕方ないと思っていた。
寒がりで汗をかかないといっても、季節的にも寒いし汗もかかない。
物忘れは以前からあることだし、むくみに関しては自覚症状はない。
髪の毛に関してもパサつきは加齢のせいもあるだろうし、抜け毛も特に増えた気はしない。

数年前にバセドウ病と診断されたときは、仕事も通勤も変わったタイミングで、疲れやすいとか、体重が減ったのもそのせいだと思っていたし、暑がりで汗っかきはもともとの体質なので、特にひどいとは思わなかった。
ただ明らかに首の腫れがあったので診察を受けた次第であった。
今は首の腫れはほとんど目立たない。
ひとまず様子をみて再度血液検査をすることになった。

そうとは知らず、クリニックへ行く前日にデパートで開催していた大北海道展に寄り、大好きな昆布や海藻類を大量に購入していた。
さらに追い打ちをかけるように友人から三陸産の生昆布が届いた。
ヨードの摂取はバセドウよりも橋本のほうが悪いらしい。
しかもワカメよりも昆布のほうがいけないという。
全くもってタイミングの悪さときたら天下一品の私です。

2018.01.25 / Top↑
昨日は一日中雪の話題でいっぱいでした。
仕事を離れたので通勤の不安もなく、気楽にあちこちのチャンネルをザッピング。
週末に上京していた秋田の友人たちが帰郷した後でホッとしました。
雪には慣れているとは言え、新幹線の遅れは可哀そうですから。

同級生のお土産はたくさんの手作りガッコ(漬け物)と手作り干し柿、それに命がけで採ったという山菜の煮物。
ガッコは大根のぬか漬けと、いぶりガッコ、そして大好きななた漬け、それに白菜。
なた漬けは大根をなたでザックザックと乱切りして漬ける、いぶりガッコと並んで秋田県特有の冬の漬け物。
包丁で切るのと違って、切り口がなたの厚みでザラザラし漬かり具合がいいという。
命がけで採った山菜とはつまり、熊に遭遇した場合の危険を想定して山に入り採取したもの。
年末になると、塩漬けにしておいたものを塩抜きし、お正月から冬の間の食料になります。

今回の上京は友人が日頃、山菜取りや竹の子掘り、なべっこ遠足などでおつき合いをしているというご近所の仲間たちも一緒でした。
六人いたうちの三人が昨年、熊と遭遇したという話をしてくれました。
ちなみに友人は熊スプレーというものを持っていくそうです。
人間に使用すると失明するくらい強力な唐辛子が主成分で、一缶1万2千円で購入したものだそうです。
シューと5秒くらいスプレーして10回くらいで空になるとかで、一回のシューが千円以上だと笑っていました。

熊が子別れをする6月頃は竹の子のシーズンで、まさに大人のなべっこ遠足もたけなわ。
秋田県での熊被害もこの時期が多いのだそうだが、人間だって一度山の味覚を知ったらそうそう美味しいものを諦めることはできない。
今年の六月は秋田に帰って一緒に山菜や竹の子を取ってなべっこ遠足をする約束をしてしまった。
実は、昨年の12月半ばに、熊と格闘した夢をみて風邪を引いたという記事を書いているのだが、まさかこういう進展になるとは想像もしていなかった。

夢の中では私の方が熊を背負い投げで一勝しているものの、相手が再び逆襲しかかったところで目が覚めている。
はたして六月に、今度は夢ではなく現実としてもう一番の取組があるのだろうか。
正夢にならないことだけを願いつつ、山菜にありつける日が待ち遠しくてたまらない。


2018.01.23 / Top↑
退職してちょうど四ヶ月が過ぎた。
働いていた頃の睡眠時間は平均して六時間だったのが、このところ毎日九時間も寝ている。
季節ということもあるだろうが、さすがに寝過ぎのような気がして罪悪感がある。

私くらいの年齢だと夜中に何度もトイレにいく、眠りが浅い、なかなか寝付けない等々、何かしら睡眠に不安を持っている人が多いと聞く。
しかし、自分の睡眠の特徴は、一度ベッドに入ったら起きる時間まで目が覚めないのだ。
つまり九時間一度も目を覚ますことなく寝ていることになる。

ただし、一度目が覚めるとパッと瞬間的に起き上がり、だらだらぼんやりすることなく動ける。
だいぶ若い時に住んでいたアパートで、夜中に火災警報器が誤作動したことがあった(らしい)。
アパートの住人は勿論、ご近所の人たちも一斉に外に飛び出したそうだが、私にはそんなことなど睡眠の邪魔にはならない。
後日、隣の住人から話を聞き、まさに寝耳に水だったが、実際に寝耳に水だったら起きれるか自信はない。

おそらく私の人生は夜中の火事や地震で最期を遂げるだろうと、親や兄弟からお墨付きをもらっている。
ロングスリープよりもディープスリープを心配すべきだろうか?
明日は女子高時代の友人達三人で都内のホテルに一泊し、修学旅行以来の寝姿を披露することになるのだが心配でもある。
できたら一晩中お喋りをし、どうにか寝ないで済ませたいものだ。

2018.01.19 / Top↑
お風呂場をリフォームしました。
床がタイルだったのを、断熱性のある衝撃吸収重視型という素材に貼り換えました。
転倒防止とヒートショックを軽減するというので、病院や福祉施設などで多く使用されているという。
色もアイボリーにしたら浴室が明るくなり楽しみが増えました。

工事中はお風呂が使えないだけじゃなくて、日中の外出もできませんでした。
きょうからようやく入浴もでき、外出もできるのですが生憎のお天気であきらめました。
おかげでパソコンと対面する時間がたっぷりとあり、あちこち大分改善しました。

冷蔵庫の野菜室がガラガラです。
半分の大根と小さくなったキャベツしか入っていません。
豚肉が少しあるので大根と一緒に煮るか、玉ねぎとキャベツで生姜焼き風にするか。
人間、窮すれば通ずで何とか考えるものですね。

そういえば、プラスチックのまな板を使っていたのですが、これがどういうわけか曲がってしまった。
それで年末に買いかえたのですが木製にしてみた。
この木製のまな板がとってもいい音を出してくれるんです。
なんだかサザエさんになったような気分で野菜を切るのが楽しくてしょうがない。

小確幸(しょうがっこう)小さいけれども確かな幸せ
作家の村上春樹さんが作った造語です。
例えば、ランニングをした後に飲む冷たいビールとか、道に迷って偶然見つけたパン屋さんで買った焼き立ての美味しいパンとか。

もうだいぶ暗くなってきたので今夜は、早めのお風呂と、早めの一人飲み会と、早めの就寝といきますか。


2018.01.17 / Top↑
岩波文庫で読んだ“君たちはどう生きるか”
とてもいい本でした。
決してお説教的でなく、上から目線でもなく、主人公である中学生のコぺル君と一緒になって考え、悩み、苦しみ、感激したりして楽しめました。
読んでいて何度も涙腺決壊注意報に見舞われ、実際災難に遭いました。
10年ほど前に読んだ“君のためなら千回でも”というアフガニスタンの少年の物語以来の大泣きです。

何よりもナポレオンやアレクサンダー大王について教えてもらいました。
とりわけギリシャ彫刻と仏像の関係、その経緯については新鮮な知識として今後もっと勉強してみたいテーマの一つになりました。

著者の吉野源三郎さんの文章は哲学者というよりも文学的で、いかにも豊かな感性からくる比喩が素敵で、これが読後感を清々しくしてくれるのだと思います。

65歳で読んだこの児童書は、どう生きるかではなく、どう死ぬかというテーマとしても何度でも読みたい一冊になりました。
最後にこんなに優しく思いやりのある文章があります。

ふと、コぺル君は、どこかでうぐいすの声がしたように思いました。
耳を澄まして次の声を待っていると、しばらくして、また、遠くほのかに一声聞こえて来ました。
うぐいすは、しきりに鳴きつづけました。
どこにいるのか、姿は見えません。
ただ深い靄の中から、声だけ聞こえてきます。
間を置いて聞こえて来る、その声はいかにも楽しそうでした。
誰に聞いてもらおうというのでもなく、ただ自分の声を自分で楽しみながら、うれしそうに歌っているように思われます。
一声鳴いては、そのたびに、遠く消えゆく自分の声に、じっと耳を傾けているその姿までが、眼に見えるようでした。
コぺル君も窓にもたれたまま、しばらく耳を傾けて立っていました。


2018.01.14 / Top↑
今年初のお買い物は「君たちはどう生きるか」という本。
1937年に出版されてから80年経った今、売れに売れているそうだ。
昨年マガジンハウスがコミック版を出版したのがきっかけとなったようだ。
同時に改訂版のハードカバーも出版し、活字派と漫画派両方に選択肢があるのもブームのきっかけになったという。
最初は新潮社から出版されたがその後、ポプラ社や岩波からも出版されている。
私が買ったのは岩波文庫で税抜き970円。
岩波というと文字が小さいので有名、最近は大きな文字で読める岩波文庫というのもあるが、まだまだ作品が限られている。
私は今この小さな文字を老眼鏡無しで読んでいる。
それがどうしたと言われると元も子もない話になってしまうので突っ込まないでください。
眼鏡は10個ほど持っているが近眼用の眼鏡は一つだけで、これは映画観賞用なのだが、最近映画も観なくなったので出番なし。
老眼鏡というのは一つも持っていない。
以前、宝島社から拡大鏡付き眼鏡というものが販売されていて興味本位で買ったことがある。
試しに一番小さな文字で書かれている辞書を見たら、目まいがして気持ち悪くなった。
毎日お昼時間だけ見かける男性がいた。
いつも個性的な眼鏡をかけていて何となく40代半ばくらいかなと想像していた。
ある日その人が眼鏡をかけていない日があった。
エェー、あの人50代後半だったのかと思ったと同時に、そうかぁ眼鏡ってそういう効果もあるんだと気づき、それ以来伊達眼鏡に凝りだした。
つまり私の伊達眼鏡とはファッションではなく顔面劣化の誤魔化し用なのだが、まだまだ老眼鏡なしで本が読めることには感謝したい。
2018.01.11 / Top↑
毎年のことだが、今年もまた右手親指と左手中指の爪の脇に亀裂ができた。
不思議なことに、決まってこの指である。
左手の中指は別として、右手の親指には何かと用があり不便をしている。
ボールペンはおろか、箸を握るのもままならない。
一番困るのが買い物をして財布を開けるとき、さらにはお金を取り出すときだ。

親指の先が財布の角に当たり、悲鳴をあげそうになる。
小銭を取り出すのはもっと大変で、レジ係の人の視線も気になりだすと余計に焦ってしまい、とうとう小銭をあきらめてお札で済ましてしまうものだから、お財布が小銭でパンパンになっている。
私の指先の事情など分かりもしないのだから、おばさんになるとレジでもたつくよね位に映っているかもしれない。

私は不器用だという英語の表現に、I am all thumbs という言い方がある。
私の指は全部親指だといういかにも英語らしい言い方で気に入っているフレーズだ。
また、親指は細かい作業には向いていないどころか、ふだんそれほど働き者でないことにもなる。
かつて日本人の若者達が、両手の親指を使ってケータイで素早く文字を打っている光景がアメリカで話題になったことがあるそうだが、彼らにしたら驚異的なことなのでしょう。

昨日はうっかりして絆創膏を外した指で夕飯の支度をし、酷いことになってしまった。
うっかりして塩一つまみを素手でやってしまった。
ギャー、イテェー、イテェー。
青菜に塩というが傷口に塩だった。
毎年この季節の一番の悩みである。

2018.01.07 / Top↑
さてさてお正月気分も終わり、仕事始めの人が多いかと思いきや、明日からまた三連休ですね。

秋田県の小学校で“なべっこ遠足”復活という話題がNHKで放映されたと聞き、どっぷりとノスタルジーに浸っていました。
復活ということは一時は中止になっていたということですね。

なべっことは鍋にこを付けた呼び方で、鍋っこですね。
小中学校では秋の行事としてどこの学校でも実施していた遠足です。
鍋も包丁も食器も材料もすべて自分たちで話し合いをして用意する人を決めます。
場所はだいたい河原の近くが多いですが、私の育ったところでは海の近くの松林が多かったです。

上級生と下級生を混ぜて5~6人位で班を作ります。
そこで班ごとに鍋を持ってくる人、お玉を持ってくる人、包丁やまな板はだれ、ネギは?白滝は?醤油は?などと決めていきます。
当日は誰か一人でも忘れると鍋っこはできないので責任重大です。

まず目的地に着くと適当な場所を見つけ、男子は焚き木にできそうな枝を探します。
女子は食用になる天然のキノコ探しを始めます。
私の時代は子供でもキノコ狩りが出来るくらいの環境でした。
一通り材料の準備ができると、上級生の男子が火を熾します。
もちろんチャッカマンなどありませんからマッチです。
適当に材料をぶち込み(あの頃はね)醤油などで味付けをし、うどんを入れたりして出来上がった班から勝手に食べていきます。

秋田弁で
「おらほのもくてみれ」 私たちのも食べてみて
「くよ」 食べるよ
といった具合です。
よその班のを試食したりして廻り、どこの班のは旨いとか不味いとか勝手に評価してわいわいがやがやするだけで終わり。

そして最も重要なのは最後の後片付け。
ゴミは一切残さず、火の始末には先生も一番うるさく注意します。
今思うとペットボトルもジップロックもない時代に、なんと不衛生で無謀な遠足をしていたのだろうとも思いますが、少なくとも私の時代でなべっこ遠足でお腹をこわしたという人はいませんでした。
昔の子供は強かった。

考えてみたら(考えなくても)小学校を卒業してから50年以上も経っていた。
あの無邪気ななべっこ遠足もりっぱな教育の一環だったのかとしみじみ思う。
話し合い、自主性、責任、上下関係、コミュニケーションなどなど。
今、秋田では大人のなべっこ遠足も盛んだということだが、年々過疎化が著しい秋田県、ガンバレ
へばな


2018.01.05 / Top↑
今年は一日から三日連続で神社巡りをするという例年にないことをしてしまいました。
さすがに今日は家でのんびりし、午前中は落語を聞いて過ごしました。
大好きな古今亭志ん朝の十八番で「柳田格之進」と「干物箱」。
やっぱり志ん朝とお父さんの志ん生が一番好きです。
ひまわりさんへ
今年のきりたんぽ鍋に入れなかったセリ、昨日スーパーに行ったら根っこ付きが税抜きで一把499円でした。
セリは根っこまで食べられて、独特の香りと苦味が特徴で、秋田ではきりたんぽ鍋に入れる他、お浸しでも食べます。
私は春菊やセロリ、当然パクチーは苦手なくせにセリとニラが大好物。
子供の頃からよく食べていた茗荷やいぶりガッコ、ギバサという海藻なども今や全国区で知られるようになりました。
セリも全国区になって欲しいものです。
ところで、秋田にはもう一つ“だまこもち鍋”というのがあります。
きりたんぽの簡素化版とでも言いましょうか、炊きあがったご飯を熱いうちにすりこ木棒で潰したものをピンポン玉位の大きさに丸め、きりたんぽ鍋と同じ材料と味付けで煮込んだものです。
要は形と、炭火で焼くか焼かないかの違いです。
私はだまこもちの方が好きで食べ慣れています。
秋田弁で“だまこ”とは球のことですが、秋田では何にでも最後に“こ”を付けるので球にこを付けてだまこ。
他にも、皿こ、茶碗こ、箸こなどと呼びます。
がっこでちゃっこはお新香でお茶を楽しむことなんです。
極めつけは小中学生の頃の“なべっこ遠足”
これに関しては次回に解説します。
では To be continued.
へばな
2018.01.04 / Top↑
明けましておめでとうございます
本年もよろしくお願いいたします。
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昨夜は珍しく深夜まで起きていたので今朝は寝坊しました。
寝坊といっても誰に迷惑かけるわけでもないのだが気分の問題。
TO DO リストも空白状態です。
お正月なのだからまぁいいか。
昨夜のきりたんぽ鍋にセリが入っていなかったのでテンション上がらず。
スーパーのセリがバカ高の割にはしょぼかったの。
葉っぱが黄色がかっていて、量も少なくってね。
おまけに根っこを全部切り落としてあったので買うのを止めたのです。
セリは根っこですよー(特に秋田県人の飲酒愛好家にはね)
これからお参りに行ってきます。
名前に金と山がつく神社にします。
金が山のように・・だなんてワクワクします。
お賽銭は英世さんか樋口さんにしようかな~、なんてね。
化粧もしたほうがいいよね、誰だか分からないと困るから。
それでは行ってきます。
2018.01.01 / Top↑